デビッド・アインホーン『黒の株券』


ヘッジファンド、グリーンライト・キャピタルと中小企業投資会社アライド・キャピタルによる闘争を描いた本。闘争の構造は簡単で、アライドは半ば不良債権化した証券を取得価格で評価&業績発表に組み込み、グリーンライトはそれを過大な評価としてアライドを空売り。そして売り方のグリーンライトはアライドに糺す、SECにチクリを入れる、メディアに接触するとあらゆる手段で攻撃をし、一方のアライドは「空売り屋の中傷」とレッテルを張り、なんとか株価を守ろうとするストーリー。刺激を受けた箇所を自分の中でまとめつつ紹介したい。

堂々と嘘をつくこと

本書の見どころの一つはアライドの鈍感力だ。平気で嘘をつく。それも堂々と。グリーンライトが何度も子会社の保有する証券の評価を糺すのだが、アライドは「我々は対話を望んでいるのですが、空売り屋からの連絡はありません。」と発表する。さらにはスピン・ドクター*1を雇って徹底的にグリーンライトの悪評を流し、被害者を装う戦略に出る。「空売り屋は根拠のない言いがかりをつけて株主の皆様の利益を奪い取ろうとしています」。
一方のグリーンライトも完全にポジショントークなのにも関わらず「空売りをしているから疑惑を指摘しているのではなくて、疑惑があるから空売りをしているのです」。どちらも食わせ物であることに違いはない。

流動性のない証券の評価の難しさ

結局のところ、話がこじれるのはこいつが問題だ。アライドの持つ証券は中小企業(非上場)の株式だったり債権で非常に流動性が低い。しかしながらアライドは上場企業であるから、それらの資産を評価して投資家に発表しなければならない。買い手がほとんどいない(=流動性が低い)モノに値段をつけるというのはじつに困難な作業である。自然、アライドは取得した価格で評価&発表し、グリーンライトは実際の価値はもっと低いと噛みつく。近年、時価評価が話題になっているが、4半期ごとに評価するのはエライ大変だろうなあと感じさせてくれる。

証券業界を取り巻く構造的な問題

さて、勝負所であるアライドの株価は2003年以降下げていない。むしろ本書の舞台となった2002-2007年は数十%(23から30ドル)ほど上げている。その一因としてアナリストのレポートがある。闘争期間中、ほぼ一貫してアナリストレポートはアライド寄りのものになっており、読者をやきもきさせる。証券会社の建前上アナリストは他部門から独立した存在になっているが、このアライド寄りのレポートは増資等の引き受けで手数料を稼ぐ投資銀行でネガティブな評価はなかなかだせないことに起因している。
同様にしてメディア(新聞)も一貫してアライド贔屓の記事を書く。新聞のビジネスモデルが企業からの広告に依っている面もあるだろうが、ヘッジファンド寄りに記事を書くよりも「ヘッジファンド空売りと中傷戦略から企業を守る経営者」の方がネタになるのだろう。いずれにせよアナリスト、メディアの記者ともにアライドに味方するインセンティブが強くある構造に業界はなっている。

バフェットの恐るべき存在感

600ページを超える本書に1ページほどウォーレン・バフェットが登場する。そして彼の言う言葉が本書の全てを語ってくれるようほどのインパクトを持っているので、その引用で締めとさせていただきたい。簡単なことなんだけど、なんでここまでえげつない事を強引にやるかよくわかる。人生の全てなんだもんな。

バフェットも以前に空売りをしたことがあるそうだ。(中略)しかし、年月を重ねるにつれ、空売りをするタイミングがうまくつかめなくなり、長期投資家として「公的人格」を持った方がいいと考えるようになった。私は、アライド・キャピタルの話をどう思うかと聞いてみた。すると、アライドのことは知らないが、その手の株を空売りして勝つのは大変だ、と話してくれた。バフェットが考えているように、グリーンライトにとっても、アライドは当社のポートフォリオの1ポジションにすぎない。しかし、企業やその経営陣にとっては、人生のすべてなのだ。だから勝つためにはわたしたちの考えも及ばないような言動に出てくるのだろう
デビッド・アインホーン『黒の株券』p598

*1:PRの専門家。特に中傷や、スキャンダルに対しての打ち手を専門にする者が多い。