ありえないことなんてありえない!

リチャード・ブックステーバー 『市場リスク 暴落は必然か』をよんだ。
400ページを超える単行本だが、前半は著者の回顧録的な話(モルガンスタンレー、ソロモンの話)でさっくり読めるし、最後の100ページは不確実性への対処を論じておりなかなか考えさせられる。タレブの『ブラック・スワン』と同じように「想像も及ばないリスクにさらされている」「どんな損失も後講釈でなら説明ができる」という立ち位置で、ブックステーバーは生物学的なアプローチで読者にヒントを与えている。
さて、本書での「想像も及ばないリスク」の例がおもしろかったので引用したい。長いけど本だったらこれ見開き1ページもない量よ。(ところどころで省略あり。)

スズキに似た小型魚のフルは、この広大で、変化に富む生息環境の中で、外敵から保護され、隔離された世界で生息してきた。フルは驚くほどに特殊化し、1万2000年という湖のかなり短い歴史の中で、単一の種から少なくとも300種に分化した。フルには、湖底の堆積する勇気老廃物を食べる掃除屋として生き残った種、沿岸の岩についた藻類を食べる藻類はぎとり屋として生き残った種、巻貝を噛み砕くためにのどに強力な第二の歯が発達した巻貝壊し屋として生き残った種、巻貝が自分の身を守ろうとからの中に完全に引っ込む前に引き出すための長い歯が発達した巻貝取りだし屋として生き残った種、口いっぱいに頬張った泥の中から昆虫の幼虫だけをより分けて食べる昆虫取り屋として生き残った種、エビがいる湖の深い所に生息するエビとり屋として生き残った種、そして、他のフルが産み落としたばかりの卵を、母魚の口から放出された直後や、一部のケースでは、母魚に体当たりして口から卵を吐き出させて食べる「子食い」屋として生き残った種がある。
(中略)1954年夏、動物学者と漁師にとっての湖の魅力は、未来永劫変わることになる。ケニアの1人の狩猟漁業局の役人がバケツ一杯のナイルパーチを放流したのである。
ナイルパーチにはフルと違い商品価値があり、成魚になれば45キロを超えることになる。50年代半ば、ナイルパーチは、ビクトリア湖の北にあるウガンダのキョガ湖をはじめとするアフリカのほかの湖に導入され、目覚ましい成果を上げた。
ナイルパーチビクトリア湖に放流されてから20年後、フルを追跡調査していた動物学者が、網にかかるナイルパーチの数が増えていることに気づいた。まもなく、フルが見つかるのは捕食者であるナイルパーチの胃の中だけになり、「多くの場合、そのままの形で残っていて、驚いた表情をしていた」。フルは何が襲ってきたのかわからなかったようだ。自分たちの住処の真っ只中に解き放たれた食欲旺盛な捕食者に対して身を守るすべもなく、何が起こったのか全く分からぬまま、フルは急速に姿を消していった。
リチャード・ブックステーバー 『市場リスク 暴落は必然か』 386-387p

例自体は外部種が入ってきて既存の種が絶滅危機に、というありふれたものなのだが、絶滅側の立場で「驚いたの表情」のまま食べられていたというのは秀逸。たしかにフルからしてみれば、いままで1万2000年くらしていて起こらなかったことが突然起こるんだからそうなるわな。
日本にナイルパーチは間違いなく来るだろう。これは5年後なのか10年後なのかわからないけどそう信じている。ナイルパーチが来た時、この長すぎる平和を享受しすぎている多くの日本人はなにも対応できず、何も気づかないまま食われていくに違いない。来るべきに備えてアンテナ高く張って大きな視点を持って生きていきたい。