アマルティア・セン 『合理的な愚か者』:真に他己的な行動ってあるんだろうか?

ノーベル経済学賞を受賞したことのあるアマルティア・センの『合理的な愚か者』を読んだ。くっそ難解な本でびっくりした。あまり勉強が好きではない彼女*1に「これ難しすぎて笑えるからちょっと見てよ」と言って見せたところ、ホントに5秒であくびが出て2人で爆笑したくらい。今日はこの本の概要と、本書に関連する興味深い問題「他己的なもの」について書きたい。本の概要の部分はアカデミックな感じでちょっとわかりづらいので読み飛ばして構わない。このエントリーの狙いとしては書評よりもむしろ他己的な事ってあるのだろうか?という投げかけにあるので。

「合理的な愚か者」概要

この本は経済学の根本的な部分を批判した内容になっている。より具体的に書くと経済学の前提である「人々は合理的(自分の利益を最大化させるよう)に行動する」を「いや、人のために行動することだってあるでしょ?」と批判し、経済学に「他己的な動機」を組み込むべきだと主張するものである。本書のタイトルの「合理的な愚か者」というのは、一般の世界では「常に自分の利益を極大化」して行動する人間なんていないし、いたとしてもむしろ愚か者なのにも関わらず、経済学ではモデル構築の便利さ故にこの前提を当たり前に使い、まさに「合理的な愚か者」に支配されているという意味である。
さて概要を箇条書きで書きたい。ツイッターのやり過ぎか、できるだけ短くまとめようとする癖がついてしまった。

  1. 経済学の前提は「人々は合理的に行動する」というものである。「合理的」には「自分の」と「利益を極大化する」という2つの要素からなる。
  2. この前提があるため経済学では人々の選好の順序が決定できる*2
  3. しかし、現実世界を見渡してみると常に自分利益を最大化して行動してるやつはいない。人のためを思って行動することもある(他己的な行動)。
  4. 合理的な動機以外の人間の行動は「共感」と「コミットメント」の2種類に分けられる。
  5. 「共感」は相手の不利益が自分にも影響するときに、相手を思って行う行動。(例えば、会社の部下が困ってたら自分の仕事にも影響してくるから助けるのような)
  6. 「コミットメント」は相手の境遇は自分の利益に関係はないが、義務感や正義感、倫理感によって相手を思って行う行動。
  7. とくに公共財(政治的分野)については「コミットメント」の意識が強く、経済学の「合理的」に基づいて分析するのは妥当ではない*3
  8. だから経済学もコミットメントに基づいた行動を認めるべきだ。

という話である。センの批判は「合理的」に内包される「自分の利益」を「最大化する」という2つの要素のうち、後半を批判するものではなく、前半部を批判したものである。すなわち必ずしも自分の利益のためではなく、社会や人の利益を最大化する事もあるだろうと。

真に他己的な動機ってなんだろう?

センの議論、彼のロジックを追っていくと、なるほどそうだ。となってしまう。だがしかし、冷静に考えると人間の行動の中で本当の意味で「人のために行う行動(=他己的な行動)」ってあるだろうか?実際に考えてみるとなかなか難しい。なお、ここで言う「他己的行動」の定義としては「自分の効用は変化しない、あるいは減るとわかって、他人の効用を上げようと行う行動」である。自分の満足感が減るのをわかっててやる行動ってあるだろうか?なかなか出てくるようで出てこない。例をあげてみよう。利己的か他己的かどうかの判断基準は相手の効用と自分の効用が逆に動くかどうかにある。

  • 匿名の募金:お金というコストを人のために支払うが、募金したという満足感があり、自分の効用は上がるため他己的とはいえない。
  • (恋人などへの)プレゼント:同じく人のためにコストを支払うが、見返りを求めていたり、満足感という効用が生じ、利己的といえる。
  • 年賀状:投じたコスト分の見返りなんて求めてないし、自分の効用が上がることもあまりない(むしろめんどくさいし辛いよね)ので他己的行動?でも本当にあいつのため!と考えて年賀状を送る人はあまりいないだろう。

と日常の中での誰かを思う行動って、結構自分の満足感とかで自らの効用が上がってしまうので他己的とは言えないのだ。しかし、自分が死ぬ系はやはり強い。

  • リストラされたおっさんが家族のためを思って保険金目当ての自殺をする:自分の効用は少なくとも増えない。家族の効用が増えるかはわからないが。
  • カミカゼ特攻をする若者:うーん、これも自分の効用は増えないよなぁ。お国の人のためを思って行ったと勘ゲルト、他己的行動?
  • 溺れている人をとっさに助けようと川へ飛び込む人:一番ピンときた例。とっさの判断で見返りなどは計算しないし、カミカゼと違って完全に自分の意思だし、まさに他己的行動なのでは?

とまあこんな感じに考えてた。真に他己的行動ってやっぱりあまり思い浮かばないし、自らの死をベットするしかないのかなぁと思い、あまり日常的なものではない。他に他己的行動(自分の効用が減るとわかって他人の効用を上げようと行う行動)ってなんかあるだろうか?

*1:一応「女子」高生という設定でブログを書いている事は忘れていない。

*2:選好の順序は決定できるが、そもそも選好があって行動を起こすが、経済学者は人々の行動をみて選好を決めたという循環理論に陥っているとも批判している

*3:センはこう述べる「公共財に対する選好の顕示という特殊な文脈においてさえ、取り分を最大化する行動は最善の想定ではない」。