感情をも記録できる便利なツール

突然ですが、今日は好きな歌の紹介をします。歌って言っても和歌なんですけどね。古典が好きな人も嫌いな人も読んでくれれば嬉しいです。

月をこそ 眺め慣れしか 星の夜の 深きあはれを 今宵知りぬる

(つきをこそ ながめなれしか ほしのよの ふかきあわれを こよいしりぬる 黙読かつぶやいて把握してください!)
超意訳すれば、月の夜空の美しさは眺め慣れていたが、星空の美しさを今夜初めて知った!って感じ。詠み手は建礼門院右京大夫*1
それで歌の背景なんですが、建礼門院右京大夫は平家の御曹司の資盛*2と付き合ってたんですね。ところが壇ノ浦の戦いで平家は滅亡、同時に資盛は自害、その報告を大夫は聞くわけです。それで悲しんでたんですが、いつまで悲しんだことでしょうか、もう外は夜になっています。大夫はふと月でも見ようかと思い、外に出たのだけどあいにく今日は12月1日。旧暦で1日は新月の日*3。ところが月は出てないのだけど、よく見ると12月の澄んだ夜空に星が満天に輝いておりました。大夫はその美しさにびっくりするわけです。んでもって冒頭の歌を読むと。

この歌から感じた3つのこと

一つ目は、平安時代って「星空が美しい」という認識がなかった事にちょっと驚いたということ。和歌は月の歌は多いのだけど、星の歌ってなかなかないんだよね。夜空の美しさ=月みたいな認識だった。つまり星ってのは当時は美しいものの対象ではなかった訳だ。どうやら星空を美しいと一般に認識されたのは西洋の文化が入ってきた明治以降らしい。それを建礼門院右京大夫は星空をみてこりゃ美しいとハタと気付く、この感じがモロに歌に現れている感がいい。普段常識にとらわれてるとなかなかこういう気づきはない。ゼロベース思考があったから美しい事に気づけたんだな。大切にしよう、ゼロベース思考。
2つ目。そのゼロベース思考を呼び起こした原因は資盛の死なんだわ、多分。どの時代でも失って初めてその大切さに気づくと。この歌の中にも資盛との付き合いは慣れていたけど、失って初めてその大切さに気付いた、という意味も含まれているんだろうね。ベタな解釈してごめん。はい次。
で、3つ目。これはテクノロジーの話なんだけども、当時の和歌ってすげー万能なツールだなと思う訳です。というのも和歌がコミュニケーションツール*4であり、それと同時に記録を残すための媒体でもあったわけよ。建礼門院右京大夫のこの歌は誰に聞かせるために歌った訳ではないから、後者として歌を詠んだんだね。
そこで思うのは記録媒体としての和歌の機能すごいということ。現代の記録媒体でも写真や動画でいくらでも綺麗な星空や悲嘆にくれる右京大夫を写したり、記録を取っておく事はできる。そのクオリティさや再現度は和歌の比じゃない。だけれども資盛を失ったその時の感情、星空の美しさに初めて気づくその思い、という「その時の自分の感情」をも記録することができるのは和歌だけだなぁと。しかも5・7・5・7・7の31文字にそれを詰め込めるんだから凄いわ。容量62バイト*5
そんな感じで年内最後は少し感傷的な和歌のお話でした。よいお年を!

*1:けんれいもんいんうきょうのだいぶ:平清盛の娘にして安徳天皇の母である建礼門院徳子の女官

*2:清盛の長男の重盛の二男

*3:朔日・つきたち。月が立つ日だからツキタチ。これが訛って月の初めの日はついたちになった訳だ。どうでもいいウンチク

*4:恋文も和歌だし、和歌の会とかで仲良くなってたし

*5:あってる?

貯めこんだものをもう一度読むこと

師走とはよく言ったもので、非常に多忙であります。ブログの更新も1月の半ばまで少しお休み予定。ただ、年内にどうしてもやりたいことがありまして、それはハテブとグーグルリーダーの星を付けといた記事をもう一度読み返すことであります。
なにかこう、リスに似てるなあと思うんですが、ハテブやグーグルリーダーのように気に入った記事をワンクリックで取っておける優れものができた割に、それを見返す機会があまりないといったような状態にあります。まるでドングリを取っておこうと思って土に埋めたまま場所を忘れてしまうリスのようです。つまり有益な情報を取っておいたものの、埋没させてしまうと。ハテブの「後で読む」タグを付けといたまま放置してる記事も多いのではないでしょうか。
しかしながら、知識というのは結局どこかでアウトプットしなければ何の役にもたなないものでありまして、アウトプットするためにはキチンと自分の中に取り込まなければならない訳です。有益と思ってブックマークした情報が果たしてその段階にまで至っているでしょうか? そこで今年一年の間に一度は読み、かつ星をつけたり、ブックマークした記事を再度読み返してみる事が重要かなと思い、どうしても年内にやりたいと思っている次第です。またネットの記事に限らず、一度読了した本を再度読み直すと新たな再発見が非常に多いものです。
ツイッターなんか特にそうなんですが、昨今の有益な情報はすごい勢いで流れて行ってしまいます。私はここに若干の不満を感じていまして、有益な情報をある程度の期間がたった後に再度見直してみたり、共有したりできるサービスなんてのも必要かな(人々のニーズ的な意味でなくて、知識において必要という意味)と思っております。
そんなわけで今年一年で刺さった記事を年内に紹介できれば紹介していこうかなと。また皆さんも刺さった記事がありましたら是非お教えください。
とりま、皆様もよいお年を!

アマルティア・セン 『合理的な愚か者』:真に他己的な行動ってあるんだろうか?

ノーベル経済学賞を受賞したことのあるアマルティア・センの『合理的な愚か者』を読んだ。くっそ難解な本でびっくりした。あまり勉強が好きではない彼女*1に「これ難しすぎて笑えるからちょっと見てよ」と言って見せたところ、ホントに5秒であくびが出て2人で爆笑したくらい。今日はこの本の概要と、本書に関連する興味深い問題「他己的なもの」について書きたい。本の概要の部分はアカデミックな感じでちょっとわかりづらいので読み飛ばして構わない。このエントリーの狙いとしては書評よりもむしろ他己的な事ってあるのだろうか?という投げかけにあるので。

「合理的な愚か者」概要

この本は経済学の根本的な部分を批判した内容になっている。より具体的に書くと経済学の前提である「人々は合理的(自分の利益を最大化させるよう)に行動する」を「いや、人のために行動することだってあるでしょ?」と批判し、経済学に「他己的な動機」を組み込むべきだと主張するものである。本書のタイトルの「合理的な愚か者」というのは、一般の世界では「常に自分の利益を極大化」して行動する人間なんていないし、いたとしてもむしろ愚か者なのにも関わらず、経済学ではモデル構築の便利さ故にこの前提を当たり前に使い、まさに「合理的な愚か者」に支配されているという意味である。
さて概要を箇条書きで書きたい。ツイッターのやり過ぎか、できるだけ短くまとめようとする癖がついてしまった。

  1. 経済学の前提は「人々は合理的に行動する」というものである。「合理的」には「自分の」と「利益を極大化する」という2つの要素からなる。
  2. この前提があるため経済学では人々の選好の順序が決定できる*2
  3. しかし、現実世界を見渡してみると常に自分利益を最大化して行動してるやつはいない。人のためを思って行動することもある(他己的な行動)。
  4. 合理的な動機以外の人間の行動は「共感」と「コミットメント」の2種類に分けられる。
  5. 「共感」は相手の不利益が自分にも影響するときに、相手を思って行う行動。(例えば、会社の部下が困ってたら自分の仕事にも影響してくるから助けるのような)
  6. 「コミットメント」は相手の境遇は自分の利益に関係はないが、義務感や正義感、倫理感によって相手を思って行う行動。
  7. とくに公共財(政治的分野)については「コミットメント」の意識が強く、経済学の「合理的」に基づいて分析するのは妥当ではない*3
  8. だから経済学もコミットメントに基づいた行動を認めるべきだ。

という話である。センの批判は「合理的」に内包される「自分の利益」を「最大化する」という2つの要素のうち、後半を批判するものではなく、前半部を批判したものである。すなわち必ずしも自分の利益のためではなく、社会や人の利益を最大化する事もあるだろうと。

真に他己的な動機ってなんだろう?

センの議論、彼のロジックを追っていくと、なるほどそうだ。となってしまう。だがしかし、冷静に考えると人間の行動の中で本当の意味で「人のために行う行動(=他己的な行動)」ってあるだろうか?実際に考えてみるとなかなか難しい。なお、ここで言う「他己的行動」の定義としては「自分の効用は変化しない、あるいは減るとわかって、他人の効用を上げようと行う行動」である。自分の満足感が減るのをわかっててやる行動ってあるだろうか?なかなか出てくるようで出てこない。例をあげてみよう。利己的か他己的かどうかの判断基準は相手の効用と自分の効用が逆に動くかどうかにある。

  • 匿名の募金:お金というコストを人のために支払うが、募金したという満足感があり、自分の効用は上がるため他己的とはいえない。
  • (恋人などへの)プレゼント:同じく人のためにコストを支払うが、見返りを求めていたり、満足感という効用が生じ、利己的といえる。
  • 年賀状:投じたコスト分の見返りなんて求めてないし、自分の効用が上がることもあまりない(むしろめんどくさいし辛いよね)ので他己的行動?でも本当にあいつのため!と考えて年賀状を送る人はあまりいないだろう。

と日常の中での誰かを思う行動って、結構自分の満足感とかで自らの効用が上がってしまうので他己的とは言えないのだ。しかし、自分が死ぬ系はやはり強い。

  • リストラされたおっさんが家族のためを思って保険金目当ての自殺をする:自分の効用は少なくとも増えない。家族の効用が増えるかはわからないが。
  • カミカゼ特攻をする若者:うーん、これも自分の効用は増えないよなぁ。お国の人のためを思って行ったと勘ゲルト、他己的行動?
  • 溺れている人をとっさに助けようと川へ飛び込む人:一番ピンときた例。とっさの判断で見返りなどは計算しないし、カミカゼと違って完全に自分の意思だし、まさに他己的行動なのでは?

とまあこんな感じに考えてた。真に他己的行動ってやっぱりあまり思い浮かばないし、自らの死をベットするしかないのかなぁと思い、あまり日常的なものではない。他に他己的行動(自分の効用が減るとわかって他人の効用を上げようと行う行動)ってなんかあるだろうか?

*1:一応「女子」高生という設定でブログを書いている事は忘れていない。

*2:選好の順序は決定できるが、そもそも選好があって行動を起こすが、経済学者は人々の行動をみて選好を決めたという循環理論に陥っているとも批判している

*3:センはこう述べる「公共財に対する選好の顕示という特殊な文脈においてさえ、取り分を最大化する行動は最善の想定ではない」。

今の日本の政党に必要なことはビジョン

15年前にさる政治家が書いた本を読んで吹いた。「少子化対策が必要だ」、「政治主導のための行政改革もしなければならない」、「日本の農業が滅んでしまうから抜本的に農政にも取り組まなければならない」。まるで今書かれたような政策提言で、本当にこの15年間政治は何のビジョンもなくて、結果何も進まなかったんだなと痛感した。
かつての政党にはビジョンがあった。1955年に吉田自由党と鳩山民主党が合流して以来、一党優位の体制の下ずーっと政治運営されていた。55年体制ってやつだね。この下での長期的ビジョンというのは親アメリカ(=資本主義)と経済成長であった。そして自民党は見事にそれをやり遂げた。共産主義国家は滅んだし、世界第二位の経済大国にもなった。
ところが冷戦が終結し、日本の経済成長も終わった。同時に2つのビジョンが陳腐化した訳だ。それ以降、自民党はビジョンを失ったままだ。多分この20年間で明確な長期的なビジョンのあった政権って小泉政権だけじゃないかな。

今の政党に長期的ビジョンはあるか

自民党支配のもとで民主党のビジョンは「アンチ自民」でよかった。現に夏の選挙の大勝は有権者が自民にNOってのが一番大きかっただろう。でも、民主党が政権を握った瞬間にそのビジョンは達成された。じゃあ次はどうする? ってときに即座に「友愛」を持ち出したのはなかなかうまいと思う。
多くの人は友愛(笑)と言うけど、僕は鳩山友愛政権を歓迎している。なぜならそこに長期的なビジョン、つまりこの国が目指す方向というのがうっすらながら見てとれるから。「友愛」なんて優しい言葉でありながら、その本質は持続可能性であるように思う。つまり、ほっとけば(財政的、人口減的に)日本は滅ぶので何とかしなきゃいけないという強い問題意識が感じられるのだ。

  • 友愛外交 → 60年間アメリカ一辺倒だった外交を見直して、アジア(中国)寄りに舵を切りますよ。(脱アメリカという長期ビジョン)
  • 事業仕分け → 無駄遣いを洗いなおしますよ。(財政をなんとかしなきゃという長期ビジョン)
  • 子供手当 → 子供を持った家庭を優遇しますよ。(人口減に対する長期ビジョン)
  • 外国人参政権 → 人口減やばいから外国人優遇してきてもらわないと。(日本人だけじゃやっていけないという長期ビジョン)

なんて感じに、民主党の政策って長期的なビジョンが内包されているように思える(短期的にはえーっと思うけど)。
さてさて、問題は自民党だ。自民党の立て直しにはビジョン必須。アンチ民主ってだけじゃ多分足りないし、大体それじゃお国のためにならない。谷垣総裁のもとで20年後、30年後の日本をどうすればいいのか、徹底的に議論して方針を立ててもらいたい。
 
過去の関連エントリー: 9.11から変わったこと

事業仕分けのバリュー:行政刷新会議・仕分け人の観点から

連休中にあるシンポジウムで話を聞いてきたのだが、パネリストの刷新会議の仕分け人の話が随分と示唆深いものであった。以下その要旨をまとめてみる。(まとめる過程で説明に必要な補足も加え、若干要旨ではなくなっているので仕分け人の名を伏せておく。)

事業仕分けのバリュー

事業仕分け自体は「透明性」の観点で全く新しい取り組みで評価できる。これまでは全く不明瞭の場所で、誰がどう決めているのかがわからないものを見直すというのは非常な意義のあるものである。
事業仕分けが必要な理由だが、仕分けに掛けられている事業はコンセプト自体が悪いものはない。しかし事業の実施の過程で官僚のピンハネシステム*1がビルトインされており、非効率を生んでいることがダメな点だ。つまり、本来は国益のための事業にもかかわらず、具体化の段階で官僚のための事業になってしまっている事が多い。なのでそれを見直そうというのが本質だ。ただし、その根幹の原因は官僚の人事システムなので、今後こちらの方に切り込んでいく必要がある。
多くの無駄を生んでいる原因は、強すぎる年功序列+終身雇用制に基づく中央官庁の人事システムである。ちょっと詳しく説明すると、基本的に中央官庁の官僚機構の人事システムってのは図のようになっている。つまり、

  1. 序列は入省年次でもって横一列。昇進も横一列。(つまり先輩が部下になることはない)
  2. しかし、上になるにつれポストは減っていく
  3. ポストを獲得できなかったものが退官し、天下る

という仕組みだ。つまり天下りが前提となって人事制度が形成されているのだ。同期は横一列で昇進するが、ポストは上に行けば減る。人が漏れるのが当たり前であり、建前では漏れた人々は退官するが、事実上は官庁が彼らの面倒をみている。天下りがなければ人事制度自体が機能しなくなる。だから官僚側も天下りに関する事には非常に敏感であり、国民からみたら多くの不必要なナンチャラ行政法人を作ったりするのだ。この仕組みが続く限り、政府発の事業は天下り先を絡ませた非効率的な運用がなされることを意味しており、いくら仕分けをしたところで次々生まれてしまい意味がない。なので官僚の人事権を彼ら自身から奪うことが必要である。
長期的な成功は、政治家が官僚の人事権を行使できるかにかかっている。今までの官僚の人事は官僚が行ってきたが、(局長レベルから)民間人を登用するなり、官僚の中からでも若手を登用するシステムを構築できれば雰囲気も大きく変わるだろう。

官僚の能力も仕分けする「事業仕分け

もう一点、事業仕分けをして明らかになったことがある。これは予期しなかった副産物なのだが、官僚の能力の低さも明らかになったという事だ。事業仕分けは一般公開、ネット配信もしているが、仕分け作業中の官僚への質疑応答が全く話にならないレベルなのがわかる。見直し対象の事業がどんなビジョンをもって、はたしてベストな運用方法であるかということすら説明できない官僚たちが多い。結局はビジョンも運用方法も「省益」のために最適化されたものだからだろう。かつて「官僚は優秀」といわれていたが、その優秀さはインサイダー間のみに通用する優秀さであって、一般に通用する能力の高さではない事が明らかになったのも大きな収穫だ。事業仕分けは官僚の能力のある者を判定して仕分けるいい機会でもある。
以上2点、仕分け人による事業仕分けを踏み台にして官僚の人事制度にまで切り込む必要がある話と、事業仕分けで「官僚の優秀さ」も仕分けられることができたという話を紹介してみた。

*1:例えば、天下り先の法人をどこかで通すこととか

江戸時代に学ぶ財政再建

鳩山政権の迷走っぷりが目につく。小沢が陳情を幹事長に一元化したと思えば、仕分けは刷新会議がやります、でも国家戦略室の菅がスパコンについて物言いをつけたり、相変わらず亀井が暴走してたりと、鳩山より下のレイアーで好き勝手にやってるイメージだ。かくいう鳩山といえば未だ幸夫人とメシ食ってるイメージしかなくて、何やってるんだかよくわかんない。さしずめ大奥で遊びつつ、仕事は重臣に「良きに計らえ」と一任する江戸時代の将軍みたいだなと思った。
そんなわけで今日は江戸時代に学んでみようと思う。江戸時代から何学べるんだと思うかもしれないけど、現代の政治の中枢人物も

  • 外様だけど異様に力のある雄藩大名の小沢一郎
  • 広島の小大名で前政権では仕置きを食らってたのが一転、幕閣入りして張り切っている亀井静香
  • 刷新会議と国家戦略室はさしずめ南北江戸町奉行か、勘定奉行といったところだろうか
  • そして最後に政治は部下に一任、自らは大奥で幸夫人とメシを食うショーグン鳩山由紀夫

と江戸時代に変換できなくもない。
さて、そんなことを話したいんじゃない。今日紹介するのは江戸時代の財政改革の話だ。江戸時代には300もの諸侯がいて、大体どの藩でも財政がヤバかったんだわ。それでいくつかの藩は財政を立て直したんだけども、その財政の立て直し方が半端じゃないんだよなってことを紹介したい*1

薩摩藩調所広郷の場合

幕末の働きを見ていると、意外に思うかもしれないけど、薩摩藩は江戸時代後期に調所広郷が登場するまで破綻寸前の自治体だった。
なんたって江戸時代には参勤交代という出張システムがあって、今年は本国、来年は江戸と1年ごとに江戸で暮さなければならない制度があった。その際に薩摩藩は鹿児島から江戸まで大名行列を作って出張しなければならない。「武士は食わねど高楊枝」の言葉通り薩摩藩77万石のメンツをかけて、それなりの行列を作って街道を練り歩くわけだ。さらに江戸からクソ遠い鹿児島から出発だ。にもかかわらず、幕府から出張費なんて出ない。金がかかる。金欠となる。
で、築き上げた借金はなんと500万両。ちなみに当時の薩摩藩の収入は20万両弱。利子すら払えない。そんなときに颯爽と登場したのが調所広郷だ。
それでもって調所は何をしたかと言えば、債権者である大阪商人を一堂に集めて一方的に借金を無利子・250年分割払いを宣言した。亀井静香の「支払い猶予」なんて比じゃない。それでもって返済に余裕ができたから今度は収入を増やすべく奄美で砂糖を作って(もちろん帝愛グループ並みに労働者を働かせる)、琉球を拠点に密貿易もした。
お陰さまで薩摩藩は見事に立ち直り、力を蓄えることに成功し、倒幕の中心となっていくわけだ。

米沢藩上杉鷹山の場合

米沢藩ってのはアノ上杉謙信の系譜をもつ上杉家の領地だ。上杉家ってのは関ヶ原で西軍についたせいで、120万石から30万石に減封された。だけども義侠心溢れる上杉家らしいことに一切のリストラは行わなかったんだわ。収入は4分の1になったけど、社員のクビは決して切りません。つまり30万石なのに120万石分の家臣がいた。そんなわけで江戸時代中期になると莫大な人件費にもう財政がニッチもサッチもいかなくなって、幕府に領土返上しちゃおうかなんて議論も巻き起こったりする。会社清算か。
そんなときに登場したのが上杉鷹山だ。彼がやったのは徹底的なコスト削減。まず江戸での生活費を年間1500両から200両まで減らしたり、大奥の女中も大幅に減らした。まずはトップが見本を見せるってやつだね。そんでもって土地を放り出してた農民を帰農させたり、新産業・養蚕を振興したりして何とか財政を立て直し、孫の代には借金を完済し、5000両の備蓄まで作ることに成功する。

長州藩の場合

長州藩はさほど深刻な財政でもなかったんだけども、江戸中期の天災の連続で御多分にもれず財政赤字を経験することになる。そんなときに現れたのが藩主毛利重就だ。
彼は徹底的に産業振興をした上げ潮派だった。藩内の港を整備して寄港地にしたり(さしずめハブ空港の整備)、新田開発、蝋や樟脳などの特産品の生産強化をした。特に塩田の強化は10年後には20万石の収益を上げることになる(長州藩は公称36万石)。
この藩は事あるごとに改革家出て、幕末期にも村田清風が財政改革に取り組み、専売してた特産品を自由取引にしたり、貿易を強化したりした。こうして幕末期の力の原動力となっていったのである。

まとめ:財政再建は半端じゃない

つまり、まとめると財政再建は半端な覚悟じゃできないということだ。薩摩藩の借金の強制猶予はもとより奄美の半ば強制労働を強いた砂糖づくり、長州だって税金の厳しい取り立てに一揆がおきている。人民も苦しんだ証拠だ。一方で財政に取り組む支配者側も、上杉鷹山は自ら率先して倹約に取り組(江戸の出張費・大奥の経費削減)んで自ら姿勢をみせたし、薩摩の密貿易なんて危ない橋を渡っている。それに加えて政策面にはビジョンがあった。うちは密貿易で食っていくんだ、いや農村改革だ、新産業の振興だと。さて、いまの政府に数十年後のビジョンがあるだろうか?
江戸時代のそれと同じように、現代における財政再建も半端な態度じゃできない。結局のところ財政赤字って週に比べて支出が多い、いわば「不相応な生活」に他ならなくて、いままでの贅沢な生活をやめるか、贅沢な生活を続けるために収入を上げるか、それとも両方するかの3つしか選択肢がない。よく落ちぶれた芸能人がかつての生活をやめられず破産したりするけど、笑えない。日本もかつての水準を保つべく支出しており、全く同じだ。ここは落ちぶれた芸能人の気持ちになって政府は財政を見直す必要がある。そしてそれには政府、国民ともに相当な覚悟が必要なのである。

参考:明治維新のときも本当にこんな感じだったのかもな:これに触発されてこのエントリーを書きました。

*1:この話は主にwikipediaがソースになってる

塩川と穀田のやりとり全文

上のエントリー「自民党時代の官房機密費:情報収集と宴会費」で引用した穀田と塩川のやりとりがおもしろすぎるので全文をコピペしてみた。出典は国会会議録検索システムから平成13年5月15日衆院予算委員会塩爺の「忘れました」が本当にひどい。政治家ってこれくらい図太くないとつとまらないのねと思わせる対話。以下引用。

○穀田委員 日本共産党穀田恵二です。共産党を代表して質問をいたします。
 小泉総理は、自民党を変える、日本を変える、こう言って総裁に選ばれ、小泉内閣を発足させました。これまで自民党の中枢におられた小泉総理が、自民党政治のどこをどう反省し、どう変えるのか、多くの国民が注目しています。 機密費の問題について、森内閣は肝心の点を何ら解明してきませんでした。この問題は、外務省の一室長が飲み食いや遊興費に公金を流用したという個人的犯罪にとどまるものではありません。問題の核心は、七十二億円もの国民の税金が国会対策やせんべつに使われていたという、機密費の党略的な流用にこそあります
 ところが、その機密費がどう使われていたのか、その使い道は一切明らかにできないというのが森内閣でした。ここに国民の怒りが集中した。小泉総理は機密費について、抜本的見直し、減額も含め厳正に執行すると言われています。しかし、抜本的に見直す、減額もといっても、これまでどういう使い方をされていたのか、そこをはっきりさせなければ、抜本的見直しはありません。ここが肝心です。 そこで、小泉内閣で新たに入閣された塩川正十郎財務大臣に聞きたい。
 塩川さんは、宇野内閣で官房長官を務められました。本年一月二十八日放映されたテレビ朝日の「サンデープロジェクト」という番組で、機密費について発言をなされています。私は何度もそのビデオを見て確認しましたが、こう言われています。
 野党対策に使っていることは事実です。現ナマでやるのと、それから、まあ要するに一席設けて、一席の代をこちらが負担する
とかと述べ、どなたが金庫に入れるのかとインタビュアーの質問に答え、官邸にあります会計課長です。それは、参事官がおりますが、それと相談して入れます。幾らぐらい常時入っているのですか。私が官房長官のときは四、五千万ですかね。一週間に一遍ぐらい、あるかどうか会計課長がのぞきに来て、それで足らなかったら、ちょっとふやして入れてくれるという状態ですね。大体百万円単位で袋に入れています。こんなふうに語っています。この発言は事実ですね。

○塩川国務大臣 発言したことを忘れてしまいました

○穀田委員 それはないでしょう。幾ら何でも、ことしの一月二十八日にみずからの体験を聞かれた話を、そしてお答えになってテレビで放映されて多くの国民が見られたことを、三カ月ほど前の話を忘れたとは、余りにも無責任ではありませんか。もう一度お答えください。

○塩川国務大臣 昨年のことですし、新聞、雑誌の方でどのようにアレンジしたのか、もう私は知りませんし、忘れてしまいました

○穀田委員 それは余りにもひど過ぎます。ちゃんと、どう考えたって、そんなことをやっていたのじゃ、三カ月前の話を忘れるような方が、どうして大臣ができるのですか。だって、新聞に語ったとか……(発言する者あり)皆さん、大臣、新聞に語ったとか報道機関に語ったという一般論の話じゃないのです。テレビに、みんなが見ている、一月の二十八日放映されたテレビにあなたがお語りになっているのですよ。では、もう一度聞きましょう。野党対策に使ったことも忘れたのか。

○塩川国務大臣 いろいろなことを、私聞いたことを、それは質問の仕方によっていろいろあったと思いますが、どういう質問で答えたのかということについては忘れました

○穀田委員 だからわざわざ読んだのですよ。あなたがお忘れになることはいけないと思ったからちゃんと読んだのですよ。そのとおりお話しになったんでしょう。では、どういう野党対策に使ったかは覚えておいでなんですか。

○塩川国務大臣 覚えておりません

○穀田委員 それは余りにも無責任ではないですか。昔の話ではありません。ちゃんとお話をしていただきたいと思います。
 ことしの一月の二十八日に、三カ月前のお話なんです。五年前、十年前という話じゃないんです。この機密費の問題が国会で大問題になり、そして森内閣の帰趨を決める問題として議論をされていた時代にあなたはお話しになったんです。いいですか。自分が、それはその後、新しい内閣にお入りになるつもりはなかったかもしれないからそういうことをお忘れになったかもしれない。それでは大臣という名が泣くんじゃありませんか。
 しかもこれは、あなたが行ってきた官房長官の時代の話を極めてリアルに言っているんですよ。いいですか。北方領土の返還の運動の問題や、それから総理大臣から官房長官に、何とかやってくれという話まで含めて、団体の名前まで挙げるほどリアルにお話しになっているんですよ。それは覚えているんです、その時点で。そしてそれを、たった三カ月も過ぎないのに、テレビでお話しになったことも忘れる。それでは、残念ながら、申しわけありませんが、大臣自身が務まらないということになりませんか。

○塩川国務大臣 大体、私は、思い出してみても、そのようなことを言った、殊に中身のことについては忘れてしまったということでございまして、いろいろと職責上やったことはあるのかもしれませんが、そのことについては思い出すことができません

○穀田委員 それは私、どう考えても、では、後でテレビのビデオを見ますか。それをやりましょうか、その時間をとって。あなた、見ますか。それじゃ、見て、それでやりましょう。それは余りにもひど過ぎると私は思います。お笑いすることじゃありませんよ、大臣。しかも、これはきちんと議員会館のお部屋みたいな感じでやっているのですよ。そして、私は何度も見て確認しているのですけれども、余りにもそれは私は情けない話だと思うのです。では、私は、質問を変えて聞きますが、では野党対策に使ったこともお忘れですか。

○塩川国務大臣 忘れてしまいまして、ありませんですね。忘れました。

○穀田委員 忘れたけれども、では、あったということですね。

○塩川国務大臣 あったかないかも忘れてしまいました

○穀田委員 普通考えて、一月の二十八日にお話ししたことを、総理、忘れるってありますか。これでは次の話は進められませんよ。

○野呂田委員長 財務大臣に申し上げますが、テレビに出演なさって、現物があるそうですから、もう少し思い出して答弁してください。財務大臣、答弁を求めていますから、どうぞ。

○塩川国務大臣 いろいろと言われましても、私は記憶が出てまいりませんので、答えられません

○穀田委員 だめですよ、答えてください。おかしいじゃないですか。きょう答弁したことを、では三カ月たったら忘れるんですか。答えなさいよ。

○野呂田委員長 財務大臣、答弁がなければ委員会はとまりますので、ひとつよろしくお願いします。

○塩川国務大臣 私は、官房長官の時期が短かったし、そういう事実は知りませんし、また、私は、そういうインタビューのときにも、いろいろな誘導尋問があったことに対するものの一点の陳述であったと思っておりまして、その点がどのように言ってきたかということにつきましては、私は記憶を思い出すことができません。(発言する者あり)

○野呂田委員長 財務大臣

○塩川国務大臣 それじゃ、お答えいたします。穀田さんのおっしゃるように、そのビデオを見た上で検討させていただいて、二十八日ですか、集中審議があるんですから、そのときに一応お答えいたします。(発言する者あり)

○野呂田委員長 委員会の皆さんに申し上げます。ただいま理事と協議の結果、財務大臣にビデオを見ていただきまして、二十八日の集中審議で穀田さんの質問をやってもらうということにしたいと思いますが、どうぞよろしく。
 どうぞ、穀田君。

○穀田委員 私は、こういう問題について、やはり内閣の姿勢が問われたと思いますね。自分の発言自身に責任を持てないで、どうして国民に責任を持てるでしょう。そして、問われた問題にまともに立ち向かってこそ、公開とか改革とか言えるんじゃないでしょうか。そういう内容について、みずから行った行動や、またみずからインタビューを受けた内容について忘れたということで済まそうとする態度に、私は納得ができませんし、国民みんなが納得しないということを申し上げておきたいと思います。では、二十八日にもう一度、今度は包み隠しなく相まみえるということにしたいと思います。
 しかし、私はもう一度言っておきますけれども、大臣として、一言言わせていただければ、塩川さん、本当に大事な職責を果たしておられるのに、三カ月前のことについて、問われたことやテレビで言ったこと、公器で言ったことすら忘れるようではおぼつかないということだけ私は申し上げておきたいと思います。

引用終わり。関連エントリー自民党時代の官房機密費:情報収集と宴会費